古代ローマの見世物と推し活・異世界物の共通性
お腹を満たし、派手な娯楽を与えておけば、人々は政治や社会の矛盾に文句を言わなくなることをローマの詩人ユウェナリスが「パンと見世物」として嘆いた。
現在にも「パンと見世物」は続いている
- SNSや動画配信: 人々がスマートフォンのショート動画や安価なデジタル娯楽に没頭し、社会問題や政治に関心を持たなくなっている。
- 一過性の給付金や減税政策: 根本的な社会構造の改革や格差是正を行わず、選挙直前などに実施される一過性の現金給付やポイント還元はまさに為政者がばらまくパンである。
- スポーツイベントの政治利用: オリンピックやサッカーW杯などの世界的イベントが、政権の支持率向上、あるいは独裁体制のプロモーションに利用される。
- 政治不祥事と芸能ニュースのバッティング: 重要な法案の採決や政治的な大不祥事の裏で、芸能人のスキャンダルがメディアで大々的に報じられ、世論の関心がそらされる。
私は推し活と異世界物にも共通点があると見ている
推し活と異世界物は「現実の課題からの逃避」や「自己成長の放棄」につながっている点において、古代ローマの見世物と共通点を持っている。
1. 推し活:他者の輝きによる代理満足と自己の埋没
- 成長プロセスのショートカット: 自分が厳しい努力をして社会的な達成感を得るには、膨大な時間と挫折のリスクが伴う。しかし、すでに輝いている(あるいは努力の過程を見せてくれる)アイドルを応援すれば、自分が努力することなく手軽に達成感や感動という果実だけを味わうことができる。
- 主体性の放棄: ローマの市民が戦車競走のスター選手に熱狂し、あたかも自分が勝ったかのように喜んだ構図と一致する。自らが人生の主役として戦うのではなく、観客席から他者の勝利に自己を同化させることで、現実の自分の停滞から目を背けることができる。
2. 異世界物:初期設定の万能感による現実逃避
- 努力の否定: 多くの異世界転生・転移ライトノベルでは、現代社会で冴えない生活を送っていた主人公が、トラックに跳ねられるなどの偶発的な理由で異世界に行き、最初から最強の能力(チートスキル)を手に入れる。ここでは、現実世界における地道な努力や修行というプロセスが省略される。
- 承認欲求のインスタントな充足: ローマのコロッセウムで繰り広げられた血湧き肉躍る英雄譚を、現代の読者はスマホの画面越しに「もし自分だったら」と投影して消費している。現実の資格勉強や人間関係の構築といった泥臭い努力をスキップし、最初から無敵の存在として周囲に「すげー!」と褒めそやされる快感は、まさに最も安価で強力な見世物となる。
現代の「見世物」がもたらす罠
古代ローマでは、為政者が市民の不満を逸らすために見世物を提供したが、現代の推し活や異世界物は資本主義の市場原理によって、消費者が望むままに供給されている。為政者が仕組んだものではないからこそ、より根が深いと言える。なぜなら、私たちは誰かに強制されているわけではなく、自ら進んで「成長の放棄」と「現実逃避」を買い求めているからだ。現代社会において、努力して自分を成長させることはコストが高く、傷つくリスクを伴う。手軽に自尊心や万能感を満たしてくれる推し活や異世界物が、かつての剣闘士の試合と同じように、現代人の精神をなだめる強力な麻薬として機能していると言える。